ハーバード大とオックスフォード大、ウイルス変異を予測するAI「EVEscape」を発表
ハーバード医科大学院などの研究チームがNature誌にて、ウイルスの未知の変異を予測するAIツール「EVEscape」を発表した。進化情報と構造データを組み合わせ、免疫を回避する危険な変異株を事前に特定し、次世代ワクチンの開発に役立てる。

ウイルスの変異に人類が後手に回り続ける構図を、AIが変えようとしている。ハーバード大学医学大学院とオックスフォード大学の研究チームは、ウイルスが実際に変異する前にその変化を予測するAIツール「EVEscape」を開発し、英科学誌Natureに論文を発表した。
2020年1月に時計を巻き戻す
研究チームは検証のため、あえて2020年1月時点のデータだけをEVEscapeに入力し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がどう進化するかを予測させた。言わばAIによるタイムトラベル実験だ。
その結果、AIはパンデミック中に実際に出現した最も頻度の高い変異や、警戒すべき変異株を正確に言い当ててみせた。抗体結合を調べる従来の実験室アプローチと同等の精度を示しただけでなく、「どの変異が最も流行するか」という予測においては実験室の手法を上回ったという。さらに、どの抗体医薬が変異によって効果を失うかまで予測できた。
最大の強みはスピードだ。実験室での検証は、実際に患者が感染して抗体ができ、それを採取して初めて成立する。EVEscapeはコンピューター上の計算だけで予測を完結できるため、数カ月のタイムラグをゼロに縮めることができる。
ウイルスの「生き残りルール」を学ぶ
EVEscapeのベースにあるのは、研究チームが以前開発したヒト疾患関連遺伝子の変異予測モデル「EVE」だ。種を超えた膨大な進化データから、タンパク質が機能を保てる変異パターンを学習する生成モデルである。
今回のツールでは、この生成モデルに「免疫系がウイルスのどの部位を標的にしやすいか」という構造生物学的な情報を重ね合わせた。ウイルスが自らの機能を壊さずに、いかに免疫を回避するかという逃げ道をシミュレーションする仕組みだ。
このフレームワークは新型コロナ以外にも応用できる。論文ではHIVやインフルエンザの変異予測でも高い精度が確認されたほか、現在はパンデミックの懸念があるものの研究が進んでいないラッサウイルスやニパウイルスへの適用も進められている。チームは現在、SARS-CoV-2の最新変異株ランキングを2週間ごとにウェブで公開し、WHOにも共有している。コードも完全公開された。
なぜ重要か
ワクチンの開発サイクルを「後追い」から「先回り」へと根本から変える可能性がある。
これまでのワクチン開発は、変異株が流行してから検体を採取し、急いで開発を始めるしかなかった。EVEscapeの予測を組み込めば、これから現れる可能性が高い変異を見越した「変異に強いワクチンや治療薬」をあらかじめ設計できるようになる。製薬企業にとっては、開発パイプラインの無駄な手戻りを減らす強力なツールになるはずだ。
公衆衛生の観点でも、限られた医療資源をどこに集中すべきかを判断するための早期警報システムとして機能する。
ただし、AIが算出するのはあくまで生物学的・構造的な変異の起きやすさにすぎない。現実の社会でどの株が覇権を握るかは、人々の行動様式や既得免疫の分布、偶然の集団感染など外部環境にも大きく左右される。このツールだけで未来がすべて決まるわけではないが、実験室の負担を劇的に減らし、次のパンデミックへの備えを数歩先へ進める価値は極めて大きいと私たちは見ている。
情報源 (1)
- news.harvard.edu(新しいタブで開きます)原文news.harvard.edu