単一GPUで毎時数千のタンパク質構造を予測する生成AI「BioEmu」
研究チームがタンパク質の動的平衡構造を高効率にサンプリングする生成AI「BioEmu」を発表した。拡散モデルと分子動力学データを組み合わせ、単一GPUで毎時数千の独立した立体配座を生成し、自由エネルギー誤差は約1 kcal/molに抑えた。膨大な計算コストを要した動態解析を大幅に短縮できる。
AlphaFoldがもたらした革命によってタンパク質の静的な立体構造は手軽に予測できるようになりましたが、実際の生体内においてタンパク質は常に形を変えながら機能する動的な分子です。
こうした複数の構造状態やその出現確率を調べるため、従来は全原子分子動力学(MD)シミュレーションが使われてきました。しかし、わずか数ミリ秒の挙動を追うだけでもスーパーコンピュータを数週間から数か月稼働させる必要があり、膨大な計算コストが最大の壁となっていました。
研究チームがbioRxivで公開した生成AIシステム「BioEmu」は、この動態シミュレーションを劇的に省力化する試みです。単一のGPUを用い、1時間あたり数千個もの独立したタンパク質配座サンプルを生成できます。
拡散モデルによる高速サンプリング
BioEmuは画像生成などで実績のあるデノイジング拡散モデルをベースに構築されています。
アミノ酸配列のエンコード処理にはAlphaFold2由来のEvoformerを活用しますが、この重い計算は配列ごとに最初の一度しか実行しません。得られた表現をもとに、拡散モデルがわずか100ステップ程度のデノイズ処理で3次元構造を次々に復元していきます。
この設計により、タンパク質のサイズに応じて数分から数時間の計算で、熱力学的平衡状態にある約1万個の独立した構造をサンプリングできます。サンプリングされた配座の相対自由エネルギー誤差は約1 kcal/molに抑えられており、実験測定の精度に匹敵する水準です。
配列類似度が40%未満という過酷な汎化性能テストセット「OOD60」においても、薬物結合時に現れる隠れたポケットの形成や、局所的な巻き戻り、大規模なドメイン運動を捉え、AFClusterやAlphaFlowといった既存手法を上回る精度を示しました。
200ミリ秒分のMD計算と実験データを融合
動的な平衡状態を学習させるにあたり、単一のデータソースだけでは情報が不足します。そこで研究チームは異種データを組み合わせる巧妙なアプローチをとりました。
まずAlphaFoldデータベースの構造群で多様性を促すデータ拡張を行って事前学習を実施。その上で、合計200ミリ秒を超える全原子MDシミュレーションデータをマルコフ状態モデルで補正したデータセットを使ってファインチューニングを行いました。
さらに、約100万件のタンパク質安定性実験データを集めた「MEGAscale」も活用しました。この実験データには3次元座標が含まれていないため、特性予測微調(PPFT)と呼ばれる新たな手法を開発し、マクロな熱力学的数値を拡散モデルの学習に直接反映させました。
なぜ重要か
BioEmuは、タンパク質の動態解析にかかる時間と費用の桁を数段引き下げた点で極めて実用的です。
創薬の現場では、結晶構造解析では見えない一時的な結合部位の探索や、変異に伴う構造変化の予測が極めて重要です。これまで超並列クラスタを何日も占有していたタスクが、数ドルのクラウドGPU数時間で代替できるなら、スクリーニングの試行回数は劇的に増えます。
また、膨大なコストを投じて実行されてきた過去のMDシミュレーションデータを、使い捨てにせず生成モデルの教師データとして再利用できる道筋を明確に示した点も賢明な判断と言えます。
一方で、現時点のモデルは主に中小規模のタンパク質を対象に検証されています。巨大な多量体複合体や、補助因子との相互作用が複雑に絡むケースにおいて、どこまで高精度な自由エネルギー予測を維持できるかは今後の検証課題となります。
情報源 (2)
- biorxiv.org(新しいタブで開きます)原文biorxiv.org
- biorxiv.org(新しいタブで開きます)報道biorxiv.org
トピックを追うBioEmuモデルの開発と公開
- マイクロソフト、タンパク質の動的構造を予測する「BioEmu-1」をオープンソース化
- 単一GPUで毎時数千のタンパク質構造を予測する生成AI「BioEmu」この記事