Google、雄のショウジョウバエ全脳マップを公開:16.6万個の神経回路を再現
Google ResearchとHHMI Janeliaらのチームが雄のショウジョウバエの全脳および中枢神経系の完全な配線図を公開した。AI画像再構成技術を活用し、16.6万個超のニューロンと1.25億個のシナプスを特定。感覚入力から運動制御までの全回路を網羅しており、Neuroglancer上で自由に閲覧できる。

動物が外の世界を感じて体を動かす仕組みを根本から理解するには、神経回路を1本ずつすべて辿るしかありません。
その気の遠くなるような作業を、Googleと研究者チームがついにやり遂げました。Google ResearchはHHMIジャネリア研究所、ケンブリッジ大学、英MRC分子生物学研究所との共同研究により、成体雄ショウジョウバエの全脳および中枢神経系の完全な配線図を学術誌『Cell』で発表しました。
ニューロン数において、生物の完全な脳マップとしては過去最大の規模となります。
16万6000個の神経細胞と脊髄相当部を網羅
公開されたコネクトーム(神経回路全図)には、16万6000個以上のニューロンと、約1億2500万カ所のシナプス結合が記録されています。
チームは細胞の形状や機能、遺伝子発現などをもとに、約1万1700種類もの神経細胞タイプを分類しました。
特筆すべきは、頭部にある脳だけでなく、人間の脊髄に相当する腹部神経索まで完全にカバーしている点です。
これによって、巨大な複眼や口器から入った感覚刺激が脳内でどう処理され、腹部神経索を通って翅や脚を動かす運動ニューロンへどう伝わるのか、一連のルートを余すところなく追跡できるようになりました。
AI画像再構築と手作業による校正
作製プロセスは極めて精密です。神経系を数百万枚の超薄切片にスライスし、電子顕微鏡で撮影した膨大な2D画像をもとに、AIを用いて3次元の神経細胞構造を復元しました。
Googleはフラッドフィリングネットワークと呼ばれる畳み込みニューラルネットワークを開発し、合成データを学習に取り入れた新システム「PATHFINDER」によって認識精度を高めました。それでも最後の品質保証には、ジャネリア研究所の専門家チームが数年がかりで人手による確認とアノテーションを行っています。
すでに雌のハエの全脳マップが存在するため、雌雄の差異を細胞レベルで比較できるようになった点も大きな進展です。
大半のニューロンは共通ですが、一部は性別固有であり、同じ細胞型でも配線先が異なる二態性ニューロンも見つかりました。たとえば求愛行動に関わる雄特有の神経「LoVP92」を経由して運動ニューロンへと至る視覚・運動回路が特定されています。データはオープンソースツール「Neuroglancer」で一般公開されています。
なぜ重要か
神経科学者にとって、このマップは長年の仮説を物理的な回路として検証できる貴重な基盤データです。研究室で手探りの電気生理実験を行う前に、誰でもブラウザ上でシナプスの接続関係を確認できるようになりました。基礎生物学だけでなく、回路の破綻が起きる病態メカニズムの解明にも直結します。
AI業界から見ても、本成果は「AI for Science」が真価を発揮した代表例と言えます。ペタバイト級の顕微鏡画像から数億のシナプスを繋ぐ作業は、従来のアルゴリズムや人海戦術だけでは数十年かかっても終わりません。Googleが画像認識AIを生物学の基盤インフラに定着させ、ゼブラフィッシュなど脊椎動物の脳マッピングへとパイプラインを展開している点は見事です。
当社の見解として、AIによる自動化を過信せず、専門家による厳密な校正を組み合わせて「ゴールドスタンダード」のデータを作り上げた判断は極めて堅実だと評価できます。一方で、人間の脳は約860億個のニューロンを抱えており、ショウジョウバエの50万倍以上の規模です。物理的な切片作成とアノテーションをそのままスケールさせるにはコストと時間の限界があり、さらなる技術革新が欠かせません。それでも、1匹の動物の全神経回路が完全に解き明かされたことは、脳科学史における大きな節目です。
情報源 (2)
- research.google(新しいタブで開きます)原文research.google
- blog.google(新しいタブで開きます)報道blog.google