CZI、仮想細胞シミュレーションで学習した推論AI「rBio」を発表
Chan Zuckerberg Initiative(CZI)は仮想細胞シミュレーションで学習した初の生物推論モデル「rBio」を発表した。TranscriptFormerの知見をもとに遺伝子撹乱などの生体反応を自然言語の対話形式で推論・予測でき、時間のかかる実験的試行錯誤を削減する。現状の適用範囲は遺伝子撹乱が中心となる。

最先端の AI を本格的な生物学研究に使おうとすると、研究者はすぐに壁に突き当たります。ChatGPT のような言語モデルは論文の要約こそ得意ですが、複雑な生データを読み解く論理的推論は苦手です。一方で、仮説を検証するためのウェットラボ実験には膨大な費用と時間がかかります。
こうした課題に対し、チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(CZI)は 8 月 21 日、仮想細胞シミュレーションで訓練した生物学特化の推論モデル「rBio」を発表しました。
仮想細胞を AI の「生物の家庭教師」にする
CZI は以前から、細胞の状態や遺伝子制御経路を高精度に予測する仮想細胞モデル「TranscriptFormer」を開発してきました。しかし、こうした高度なモデルは入出力データが極めて専門的で、一般の研究者が日常的なワークフローに組み込むには敷居が高いのが難点でした。
そこで CZI のテオファニス・カラレツォス氏とアナ=マリア・イストラテ氏が率いるチームは、オープンソースの汎用言語モデルを骨格に据え、仮想細胞モデルが導き出したシミュレーション結果を直接学習させるアプローチを採りました。
その結果、研究者は専門知識に依存することなく、普段の言葉で問いかけられるようになりました。「遺伝子 A の働きを抑えると、遺伝子 B の活性は上がるか?」「細胞は疾患状態に移行するか?」といった質問に対し、rBio は段階的な推論を自然な文章で返してくれます。
曖昧さに対応する強化学習の工夫
数学の計算と違い、生物学の問いには「正解か不正解か」の二元論では割り切れない不確実性がつきまといます。ある遺伝子の変化が疾患を引き起こすかどうかは、確率的な振る舞いをするためです。
開発チームは、強化学習の報酬設計に手を加えました。回答の正誤を白黒つけるのではなく、生物学的な現実の確率にどれだけ整合しているかに応じて報酬の重みを変える仕組みを導入したのです。
この訓練法により、rBio は PerturbQA ベンチマークにおいて、ICLR 2025 採択の SUMMER や標準的な Qwen 2.5 を上回る性能を記録しました。さらに、遺伝子共発現の基礎知識を学んだだけで、一度も明示的に訓練されていない遺伝子摂動タスクに対してもゼロショットで高精度の推論を行えることが確認されました。現在、コードは GitHub で公開されており、bioRxiv にプレプリントが掲載されています。
なぜ重要か
分子生物学や創薬の研究者にとって、rBio は高額な実験費用を投じる前の「思考の壁打ち相手」として極めて有用です。アルツハイマー病などの複雑な疾患メカニズムを調べる際、膨大な仮説の中から有望なものだけを事前に絞り込める価値は小さくありません。
私たちは、この「専門シミュレータを教師役にして推論モデルを蒸留する」という手法自体が非常にクレバーだと考えます。生物学の実験データは収集が難しく公開範囲も限られますが、確立された仮想細胞モデルの計算結果を訓練データに転用することで、データ不足の壁を突破できるからです。
一方で、現時点での rBio の得意分野は遺伝子摂動領域に限定されており、細胞全体のよりマクロな相互作用をカバーするには至っていません。また、推論 AI 特有のもっともらしい誤答を防ぐガードレールの構築も道半ばです。それでも、専門性の高いバイオシミュレーションを誰もが扱える対話型インターフェースへ落とし込んだ意義は大きいと言えます。
情報源 (1)
- chanzuckerberg.com(新しいタブで開きます)原文chanzuckerberg.com